ルカのふくいんしょ ~福音書

ルカの福音書〔03〕

■ルカのふくいんしょ ~福音書 

新約聖書正典における第3の書物.

イエスの誕生以前にさかのぼって,バプテスマのヨハネの誕生物語に始まり,イエスの昇天にまで及ぶ.

ユダヤ人の枠を越え,しかもさまざまな種類の人々に近づいていく救い主イエスの姿が,美しいギリシヤ語でつづられていることから,ルナンは,この地上における最も美しい書物と評した.

使徒の働きと共に,「テオピロ」という人物に献呈されているが,使徒の働きの序文や,両者の文体や思想上の統一性から,使徒の働きを後編とする2巻の書物の前編として書かれたことが分る.

著者はパウロの同行者,医師ルカであったと思われる.

1.梗概.

2.著者.

3.執筆の年代と場所.

4.執筆事情とあて先.

5.特徴.

 

1.梗概.

1.序文 1:1‐4

2.誕生物語 1:5‐2:52

3.備え 3:1‐4:13

(1)バプテスマのヨハネ(3:1‐20)

(2)イエスの受洗(3:21‐22)

(3)系図(3:23‐38)

(4)誘惑(4:1‐13)

4.ガリラヤ伝道 4:14‐9:50

(1)初期ガリラヤ伝道(4:14‐7:50)

(2)後期ガリラヤ伝道(8:1‐9:6)

(3)北方への旅(9:7‐50)

5.ガリラヤからエルサレムへ 9:51‐19:27

(1)エルサレムへの道(9:51‐11:54)

(2)イエスのことばとわざ(12:1‐19:27)

6.エルサレムでの働き 19:28‐21:38

7.受難と復活 22:1‐24:53

(1)裏切り.裁判と死(22:1‐23:56)

(2)復活と顕現(24:1‐49)

(3)昇天(24:50‐53)

2.著者.

ルカの福音書の著者問題は,使徒の働きのそれと密接にかかわっている.

著者についての情報は主として使徒の働きから得られるので,まずこの2つの書物の統一性が問題となる.

両者はそれぞれ,冒頭でテオピロという人物への献呈の辞を記している(ルカ1:3,使1:1).

特に使1:1には「私は前の書で,イエスが行ない始め,教え始められたすべてのことについて書き,お選びになった使徒たちに聖霊によって命じてから,天に上げられた日のことにまで及びました」とあるが,これは,ルカ1‐2章は別として,ルカの福音書の大筋を示しているように思われる.

文体,用語や神学的関心(「救い」や「聖霊」への関心など)の一致も,この「前の書」がルカの福音書であったことを示唆している.

テオピロあての2文書が同一人物の手になることを否定する理由はない.

しかし著者の名前は,聖書の本文には記されていない.

そこでまず外部証拠に当ってみよう.

教会の伝承は,一致して,第3福音書をルカに帰している.

最初の証言はイレナエウスの『異端反駁論』であろう(紀元180―185年頃).

「パウロに従っていたルカは,自分の教師であるパウロの宣べ伝えた福音を,一巻の書にしるした」(3:1:1).

また同じ頃の「ムラトリ断片」も,ルカがパウロから教えられたことを書き記したこと,そして使徒たちの活動を,一巻の書物にしたためたことを明らかにしている.

さらにルカの福音書の「反マルキオン序文」には,ルカについての詳しい情報が記されている.

すなわち,アンテオケ出身のシリヤ人医師で,パウロが殉教するまで同伴し,84歳でボイオティアで死ぬまで,独身で主に仕えた,とある.その彼が,すでにマタイとマルコの2福音書が存在していたにもかかわらず,神の計画を異邦人信者に正確に伝えるために福音書を編み,そして後に使徒の働きも書いたとしている.

同様にテルトゥリアヌス(150―220年頃),エウセビオス(260―339年),ヒエロニムス(340―420年頃)も,ルカによる福音書の著作に言及し,またエウセビオスによれば,アレキサンドリヤのクレメンス(150―215年頃)やオリゲネス(185―254年頃)もそれを支持していたことになる.

キャドベリーはこれらの証言を,単なる推測とその無批判的継承として拒否するが,それではこの一致した伝承の起りを十分に説明することはできない.

ルカが著者であるという情報が,かなり早い時期から存在していなければ,重要な第3福音書と使徒の働きを,わざわざ使徒でもなく,イエスの直弟子でもないルカに帰することがあったであろうか.

内部証拠も,ルカが著者であるなら,一番よく理解できる.

著者は自らに言及する時,名前を記すことなく,代名詞を用いている.

ルカ1:3で「私」と言われているが,有力な手がかりはむしろ,使徒の働きに繰り返される「私たち」である.

伝道旅行の途上にあるパウロ一行を,著者は初め,「彼ら」と3人称で呼んでいたが,使16:10で突然「私たち」に変る.

ここで,つまりトロアスで,著者が一行に加わったからであろう.

いわゆる「私たち章節」は,途中の中断をはさみながら,3つのまとまった箇所に見出される(使16:10‐17,20:5‐21:18,27:1‐28:16).

これらの箇所から,著者はトロアスからピリピまでパウロの第3回伝道旅行に伴ったこと,おそらくそのままピリピにとどまった後に第3回伝道旅行の帰路についていたパウロ一行とトロアスで合流してエルサレムまで行ったこと,さらにカイザリヤからローマに護送されるパウロに同行したことなどが分る.

使20:4にはパウロの同行者として,ソパテロ,アリスタルコ,セクンド,ガイオ,テモテ,テキコ,トロピモといった名前があげられているが,次の5節の記述から,著者が彼らのうちにいないことは明らかである.

またシラスは「私たち章節」とは別のところに出てくるし,テトスが著者であったという証拠もない.

したがって著者はおそらく,使徒の働きに名の記されていないパウロの同行者の一人ということになる.

「私たち章節」と接点を持つ獄中書簡にも同行者のリストが見られる(ただし,パウロの投獄がエペソであって,そこからこれらの書簡が記されたとすれば,事情が変ってくるが,エペソ説はローマ説に比べてはるかに弱い).

そのリスト(コロ4:7‐17,ピレ23‐24節)には,上述の名前を除けば,マルコ,ユストと呼ばれるイエス,エパフラス,ルカ,デマスが入っている.

マルコは使徒の働きで3人称で出てくるし,エパフラスの本拠地はピリピではなく小アジヤにあった.

またデマスはやがてパウロから離れ,信仰の脱落者になった.

ユストはユダヤ人であるが,著者は異邦人であった可能性の方が大きい.

とすれば,残るのは「愛する医者ルカ」(コロ4:14)のみとなる.

実際,第3福音書と使徒の働きのギリシヤ語の質の高さ,医学用語の多さ,細やかな観察力などは,医者ルカにふさわしい.

キャドベリーは,教養あるギリシヤ人なら,医学用語の多くは使えたはずであると主張するが,いやしの奇蹟に対する関心,中でも病気の症状やいやされていく過程の描写の正確さは,確かに医者ルカ著作説に最もよく適合する.

それでもなお,ルカ著作説に対する反対論がないわけではない.

おもな議論は2つある.

(1)使徒の働きとパウロの手紙の間には歴史上,神学上の矛盾がある.

たとえば,パウロの回心にアナニヤという人物がかかわっているが,ガラテヤ人への手紙でパウロは,自分が使徒になるのに人間の手が用いられることはなかったと述べている(ガラ1:12).

また,書簡で割礼主義者と激しく戦っているパウロが,使徒の働きにおいてはテモテに割礼を受けさせたり,誓いを立てたりしている.

パウロの同行者ルカなら,そんな間違いを犯すはずはない,という主張である.

しかし,こうした「矛盾」は決定的なものではない.使徒の働きは,パウロの回心の超自然性を十分に明らかにしている.

また,ユダヤ人の母から宗教教育を受けていたテモテに割礼を受けさせることは,「ユダヤ人にはユダヤ人のように」というパウロの柔軟性(Ⅰコリ9:20)から理解できる.

したがって「矛盾」からの議論は,決定的ではない.

(2)「私たち章節」は,必ずしも著者がそこにいたということではなく,著者の用いた資料に由来するのかもしれないし,あるいは一つの文学的手法にすぎないのかもしれないという主張である.

しかし,この主張は憶測の域を出ていない.

「私たち章節」とその他の部分が,用語においても文体においても一体となっている以上,著者が自分自身を含めて「私たち」と言っているととるのが,最も自然である.

このように,第3福音書と使徒の働きの著者がパウロの同行者ルカであることを疑う理由はない.

3.執筆の年代と場所.

この福音書がいつ,どこで書かれたか,最終的に決めることは難しい.

ヒエロニムスは,ルカがアカヤとボイオティアで書いたとしているが,その証言の価値は不明である.

2世紀の初めにこの福音書は広く知られていたと思われるので,遅くとも1世紀末には成立していたことになる.

マルキオンやユスティノスのように,現存のルカではなく,その資料を用いたとし,年代を2世紀に下げる説もあるが,それではどうして現存の福音書が短期間のうちに大きな権威を持つに至ったのか,うまく説明することができない.

また著者はヨセフォスに依存していたとして,年代を1世紀末とする説も,ルカとヨセフォスの証言の違いの大きさからして受け入れがたい.

残る主張は大別して2つに分れる.

第1に,成立年代を紀元70年のエルサレム陥落後,おそらくは80年代とする批評家たちの主張である.

議論は次のようにまとめられる.

(1)共観福音書問題はマルコ優先説で決着を見,ルカが第2福音書を利用したことは確かであるから,マルコの福音書が成立したと思われる紀元68年より後になる.

(2)マコ13:14の「『荒らす憎むべきもの』が,自分の立ってはならない所に立っているのを見たならば」を,ルカは「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら」(ルカ21:20)に変えているが,これは彼が実際に起ったローマ軍による包囲を知っていたためである.

したがって著作は70年以降となる.

(3)第3福音書の序文によれば,すでに多くの福音書のようなものが成立していたことになるが,70年以前にそうした文書が存在していた証拠はない.

(4)ルカとマタイの2福音書は同じ頃の成立と思われるが,後者は80年代のものである.

しかしこうした議論はいずれも決定的なものとは言いがたい.

マルコ優先説を含む2資料説は,実際最もすぐれた資料仮説として大多数の学者に受け入れられてきたが,それでも仮説性を完全に免れているわけではないし,近年反対を唱える者も少なくない(特に新グリースバッハ説をとり,マルコはマタイとルカに依存すると主張するファーマー,ダンガン,オーチャード等).

またたとい著者が第2福音書を利用したとしても2つの年代を離す必要はない.

マルコもルカもパウロを中心とした同一サークルにいたのであるから.

それに,もともとマルコ優先説がそうであったように,マルコにその大筋をとどめる使徒伝承をルカが用いたという可能性も消えてはいない.

さらにマルコの成立年代も60年代後半と断定できるわけではない.

ルカの福音書の年代決定にとっては,第2の議論の方が重要である.

しかし,もし21章の終末預言が事後の書き替えだとしたら,その描写はむしろあいまいすぎるのではないか.

実際ドッドはそこに紀元66―70年の出来事による色づけはないと見ている.

その悲劇を知っていたとすれば,「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら」という一般的表現ですませることはできなかったであろう.

第3の議論に対しては,著者は先行する試作が福音書であると言明しているわけではないこと,また後代にならなければ,イエスの出来事の文書化はなかったという推定も十分に裏づけられていないという事実を指摘すれば十分であろう.

最後の議論にしても,マタイの福音書の年代決定にも困難が伴っていること,第1,第3福音書の同時代性も最終的な断定が難しいこと等を考慮するなら,それによりかかってルカの年代決定をすることはできなくなる.

もし成立年代を70年以降とする必然的理由がなければ,60年代初めとする第2の見解の方が蓋然性が高くなる.

ルカは福音書を,使徒の働きより先に書いた.

後者はパウロのローマ到着をもって終っているから62―63年頃の成立であろう.

もちろん,それ以降のパウロを知っていながら,意図的にそこで終結させたということもあり得ないことではない.

しかし64年7月のローマの大火やそれに続くネロ帝の迫害が記されていないのみならず,使徒の働きに,ローマ当局に対する著者の好意的態度が見られることは,この大火以前にこの文書が成立していたという見解に有利である.

とすればルカの福音書は使徒の働きに先立って,62―63年以前に記されたことになる.

かといって,イエスの死と復活後間もなくということもないであろう.

すでにイエスの出来事を記録しようという努力がなされていたし,著者の資料収集にも時間を要したはずである.

そもそもイエスの直弟子ではなく,異邦人であったと思われるルカが,降誕物語を初めとするパレスチナ的色彩の濃い資料を,いつ集めることができたであろうか.

考えられるのは,パウロがカイザリヤで幽閉されていた2年間,59―61年である.

したがってカイザリヤかローマで,60年代の早い時期にこの福音書が成立したと考えることができるが,ローマへの旅が難船を含め困難をきわめたことを考えれば,カイザリヤ説の方が有力であろう.

成立場所については,これ以外にアカヤ,ボイオティア(古代の証言),小アジヤ,エペソといった可能性があげられているが,根拠は乏しいと思われる.

4.執筆事情とあて先.

ルカの福音書は,「尊敬するテオピロ殿」への献呈の辞をもって始められる.

「すでに教えを受けられた事がらが正確な事実であることを」彼に知ってもらうために,この書は記された.

「テオピロ」(〈ギ〉セオフィロス)は「神の愛する人」という意味であるが,象徴的なものではなく,実在した人物であろう.

ルカが総督ペリクスやフェストにも付した「閣下」(〈ギ〉クラティストス)という称号を,彼にも付していることから,おそらくローマの高官で,あるいはこの書物の出版費用を負ったスポンサーであったのかもしれない.

とはいえ,この福音書が単にテオピロ1人のために書かれたのでないことは明らかである.

広く異邦人世界全体に,彼らが理解できるように,イエスの出来事とその意義を解説している.

イエスの系図がアダムまでさかのぼることや(3:38),異邦人に対する神の関心への言及(4:25‐27)などは,そうした配慮の表れであろう.

福音書と使徒の働きの2部作をもって,著者は,イエスの働きが確かな事実であること,その死と復活,昇天によって,異邦人も含めた普遍的な救いが完成したこと,さらに聖霊降臨によって誕生した教会が全世界に拡大していったことを明らかにしようとしたのである.

それは教会の拡大を担ったパウロの同行者として,ふさわしいことであった.

教養ある回心者ルカは,前述のようにパウロに同行してパレスチナに来たが,カイザリヤにおける彼の予期せぬ入獄で,2年間の時間が与えられた.

日頃異邦人への宣教に,伝道的教育的な文書が必要であると感じていたルカは,いろいろな文書にふれてみたが,どれも十分に納得がいかなかった.

そこでテオピロに献呈するという形式をとって,異邦人世界にも説得力のある福音書を書こうとしたのであろう.

5.特徴.

(1)ルカの福音書は他の福音書に比べて最も包括的である.

その時間的広がりは,先駆者バプテスマのヨハネの誕生の告知から,復活後の昇天に及ぶ.

また,短いながらも,イエスの少年時代への言及を含んでいる.

さらに1:5,2:1,3:1‐2のように,ユダヤやローマの歴史との接点をもって,その年代的な枠組みを明らかにしており,「ルカほどイエスの誕生から死までの一生を完全に描こうとしている者は他にない」(テニイ)と言えよう.

(2)この福音書の中心的主題は,救い主イエス・キリストである.

ルカは,マタイやマルコは用いない「救い」「救い主」といったことばを8回用いている.

これが特に降誕物語に6回見出されることは興味深い.

ヨハネの父ザカリヤは「救いの角」の到来を預言し(1:67‐79),御使いは「きょうダビデの町で,あなたがたのために,救い主がお生まれになりました」と告知し(2:11),さらに老シメオンは幼子イエスを抱いて「私の目があなたの御救いを見た」と,神を賛美している(2:30).

しかも,この救いは,ユダヤ人だけのものではなく,すべての人のためである.

シメオンのことばは続く.

「御救いはあなたが万民の前に備えられたもので,異邦人を照らす啓示の光,御民イスラエルの光栄です」(2:31‐32).

またバプテスマのヨハネの登場にふれて,「こうして,あらゆる人が,神の救いを見るようになる」というイザヤのことばが引用される(3:6).

また,サマリヤ人とユダヤ人の間の垣根は取り除かれる(9:54‐55,10:33,17:16).

ナザレで拒絶されたイエスは,エリヤが身を寄せた異邦人の女と,エリシャがいやしたアラム人ナアマンに言及する(4:24‐27).

さらに福音書は「(キリストの)名によって,罪の赦しを得させる悔い改めが,エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる」という約束をもって締めくくられている(24:47).

(3)したがってまた,ルカの描く歴史は救いの歴史である.

ルカはイエスの時を中心として,前後にイスラエルの時と教会の時を考えていた,とするコンツェルマンの救済史的図式は,その主張ほどには明瞭に裏づけられないにしても,イエスの働きを旧約預言の成就と見(4:18‐21,10:23‐24,24:26‐27,44‐47),イエスの働きは証人たちの手によって拡大されていく(24:46‐49)という,過去から未来にわたる時の広がりを,この福音書が持っていることは確かである.

特に強調されていることは,救いがキリストにおいて,「きょう」あるいは「今」実現したということである(2:11,29,4:21,5:26,19:9,23:43等).

「今から」という表現も,新しい時代の到来を示唆しているように思われる(1:48,5:10,12:52,22:18,69).

(4)この福音書はまた,社会的に疎外された者に対して特別に関心を払うイエスを描いている.

罪深い女を受け入れ(7:36以下),取税人ザアカイの家に宿泊し(19:1以下),十字架上であわれみを請う強盗にパラダイスを約束する(23:39以下)イエスを描く.

また,たとえ話の中でも,父の財産で放蕩した息子や,罪深さを悔いる取税人が登場する(15:11以下,18:9以下).

さらに前述のように,サマリヤ人に対する偏見も除かれ,「良きサマリヤ人のたとえ」の中では,神のみこころの実践者として登場する.

(5)社会的に疎外されている者の中で,特に女性と子供に関心が寄せられている.

まず女性であるが,マタイ,マルコ合せても49回にしかならない「女」ということばが,ルカだけで43回出てくる.

また他の福音書には登場しない13人の女性について語っている(ただしそのうち2人は,たとえ話の主人公).

ナインのやもめ(7:11以下),罪深い女(7:36以下),イエスのお供をする女たち(8:2‐3),十字架の道行きで悲嘆にくれる女たち(23:27以下)といった具合である.

降誕物語(ヨハネの母エリサベツ,女預言者アンナ)や復活物語(23:55‐24:11)でも女性が大切な役割を演じている.

また子供に対する著者の関心もいくぶんかうかがうことができよう.

ヨハネとイエスの子供時代に言及しているのは,ルカだけであるし,また3箇所(7:12,8:42,9:38)で,子供が「ひとり息子(娘)」であると断っている.

(6)富める者と貧しい者に対する関心,特に貧しい者に対する同情が見られる.

ルカ固有のたとえの多くは,お金の問題にかかわっている(7:41以下「2人の債務者」,12:13以下「愚かな金持」,14:28「塔を築こうとする者」,15:8以下「失われた銀貨」,16:1以下「不正な管理人」,16:19以下「金持とラザロ」).

6:20,24では貧しい者への祝福と富む者へののろいが対照されている.

イエスは貧しい人々に福音を伝えるよう遣わされた(4:18,7:22).

御使いたちがキリストの誕生を最初に知らせた羊飼いたちも貧しい人々であった(2:8以下).

祝宴を催す時,金持や友人,親族ではなく,「貧しい人,不具の人,足なえ,盲人たち」を招くようにという指示まで与えられている(14:12‐14,21).

「飢えた者を良いもので満ち足らせ」と,マリヤも歌っている(1:53).

では金持になることがなぜ危険なのか.

それは神の国に入ることが難しくなるからである(18:24).

愚かな金持のたとえは,富により頼む金持の心理を見事に描写している.

金持の役人はイエスのもとを去って行った(18:18以下).

それに対し,財産を放棄したザアカイの姿を見て,イエスは「きょう,救いがこの家に来ました」と語る(19:8‐9).

神に対し最も多くささげたのは,金持ではなく貧しいやもめなのである(21:1‐4).

ルカの描くイエスは常に貧しい者と共にいる.

7)この福音書は初めから聖霊の働きを強調している.

バプテスマのヨハネは「母の胎内にあるときから聖霊に満たされ」ると約束され(1:15),父ザカリヤも母エリサベツも聖霊に満たされて語った(1:41,67).

同じ聖霊はシメオンにもとどまり,予告通り彼を導いて幼子キリストに会わせた(2:25‐27).

しかしさらに顕著なのは,イエスの働きとの密接なかかわりである.

聖霊がマリヤの上に臨み,イエスは母の胎に宿った(1:35).

ヨハネの紹介によれば,イエスは「聖霊と火とのバプテスマをお授けになる」方である(3:16).

そのヨハネから受洗したイエスは,自分の上に「聖霊が,鳩のような形をして」下ってくるのを見た(3:22).

そのようにして聖霊に満ちたイエスは,ヨルダンから荒野に赴くが,それも聖霊の導きによるものであった(4:1).

それから「イエスは御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた」(4:14).

そしてナザレの会堂でイザヤ書を朗読し,「わたしの上に主の御霊がおられる」ということばが,自分において実現したと宣言する(4:16‐21).

実際にイエスの活動が始まると,聖霊に対する言及はそれほど多くはなくなるが,それでも随所に登場する.

イエスは「聖霊によって喜びにあふれて」天の父に祈り(10:21),弟子たちに対しては,当局に連行されたら「言うべきことは,そのとき聖霊が教えてくださる」から心配しないよう励まし(12:11‐12),聖霊を汚す者は赦されないと警告した(12:10).

さらに「天の父が,求める人たちに,どうして聖霊を下さらないことがありましょう」と語って,聖霊を求めるよう勧めている(11:5‐13).

そして,「わたしは,わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります」という最後の約束(24:49)も,聖霊のことである.

この約束が成就して,聖霊が著しく働いた記録が,続編の使徒の働きである.

(8)この賜物に対応して,人間の側の責任である祈りも強調されている.

第1に興味深いのは,イエスの祈りが9つ記録されていることである.

そのうち7つまでがルカに固有のものである.

イエスは受洗の際に祈り(3:21),群衆を前にしてよく荒野に退いて祈り(5:15‐16),十二弟子を選ぶ前には夜を徹して祈られた(6:12以下).

またペテロがイエスをキリストと告白する前にも祈っていたし(9:18),変貌の際にも,主の祈りを教えられた時にもそうであった(9:29,11:1以下).

派遣した70人の弟子が戻ってきた時の祈り,ゲツセマネの園での祈り,十字架上の祈りは,その内容が記録されている(10:21‐22,22:42,23:34,46).

このようにイエスは重要な場面でいつも祈っている.

また弟子のためにも(22:31‐32),自らのためにも(22:41‐42),敵のためにも(23:34)祈っている.

さらに顕著なことは,ルカに固有なたとえで祈りを扱うものが3つあることである(11:5以下「真夜中の友人」,18:1以下の「不正な裁判官」,18:10以下「パリサイ人と取税人」).

また弟子たちに祈るよう繰り返し励まし(6:28,11:2,22:40,46),他方では「見えを飾るために長い祈りをする」ことを禁じている(20:47).

(9)ルカの福音書には賛美と喜びが満ちている.

ルカは偉大な賛歌である「御使いの歌」(2:14),「マグニフィカト(マリヤの賛歌)」(1:46以下),「ベネディクトゥス(ザカリヤの賛歌)」(1:68以下),「ヌンク・ディミッティス(シメオンの賛歌)」(2:29以下)を記録している.

人々は,神から恵みを受けて神をあがめ,賛美している(2:20,5:25‐26,7:16,13:13,17:15,18:43).

また,喜びを表現することばがある(1:14,44,47,6:23,10:21)だけでなく,笑いや(6:21),祝いの喜び(15:23,32)まである.

15章は,失われていたものを回復する喜びを表す3つのたとえ話から成り立っている.

また神に立ち返った側の者の喜びは,ザアカイの喜びで表現されている(19:6).

喜びで始められたこの福音書はまた,喜びの賛美をもって閉じられる.

「彼らは,非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り,いつも宮にいて神をほめたたえていた」(24:52‐53).

〔参考文献〕榊原康夫「ルカの福音書」(『新聖書注解』新約1)いのちのことば社,1973; 橋本滋男「共観福音書」(『総説新約聖書』)日本基督教団出版局,1981; ヘンリー・シーセン『新約聖書緒論』聖書図書刊行会,1954; メリル・C・テニイ『新約聖書概観』聖書図書刊行会,1962; J・マックニコール「ルカによる福音書」(『聖書註解』)キリスト者学生会,1966; A・M・ハンター『現代新約聖書入門』新教出版社,1983;Guthrie,D., The Gospels and Acts: New TestamentIntroduction, Tyndale, 1965; Marshall, I. H.,Luke: Historian and Theologian, 1970; Morris,L., The Gospel According to Luke (TheTyndale New Testament Commentaries) Tyn-dale, 1974.

(内田和彦)