シロアム

■シロアム (〈ギ〉Siloam) 旧約聖書の「シェラフ」(ネヘ3:15),「シロアハ」(イザ8:6)と同一視される.

新約聖書では,盲人のいやし(ヨハ9:7),塔の倒壊事件(ルカ13:4)に関連して引用されている.

また四福音書では「遣わされた者」という意味としている.

元来は「送るもの」すなわち「水溝」を意味した.

シロアムの池は,エルサレムの南東部にある長方形の石造りの池で,ほぼ長さ17.7メートル,幅5.5メートル,深さ6メートルであった.

現在のアラビヤ名でアイン・シルワーン(「シロアムの泉」という意味)と呼ばれているにもかかわらず,実際はシロアムは泉ではなく,ギホン(処女)の泉の水がトンネル水路を通ってこの池に注がれているのである.

このトンネルが掘られる以前は,ギホンの泉の水を城壁内に引き込むため地表に水路が造られていた.

これは王朝初期,遅くともアハズ王の時代頃まで利用されていたと思われる.

ギホンの泉の近くに「上の池」(Ⅱ列18:17,イザ7:3,36:2)が造られたが,これは「古い池」(イザ22:11),あるいは「人工貯水池」(ネヘ3:16)と呼ばれた.

この池の水を地表水溝によって下方のシェラフの池(ネヘ3:15)に導いた.イザ8:6(アハズの治世)で「ゆるやかに流れるシロアハの水」と言われているのは,おそらくこの水路を指して言ったものであろう.

ネヘ2:14では「王の池」と呼ばれているが,それはヒゼキヤ王によって敷設されたためか,または王の園に近かったためであろう.

前700年頃南王国ユダの王ヒゼキヤは,セナケリブの襲撃に備えて,従来の地表水路を閉鎖し,城壁内に水を引くため新しいトンネル水路を掘った(Ⅱ列20:20).

このことは1880年トンネルの中を歩いていた2少年によって発見された碑文(シロアム碑文)によっても明らかである.

これはヘブル語古書体を示す資料としても重要である.

(本辞典639頁の図100を参照).