■テトスへのてがみ ~手紙
テモテへの手紙第一,第二と共に,この手紙は「牧会書簡」と呼ばれ,パウロの手紙群の中で特別な性格を持っている.
パウロは召される直前にこれらの手紙を書いた.
彼は,自分が生涯をささげてきた福音宣教のわざを後輩たちに託そうとしたのである.
そして,その代表として,ユダヤ人クリスチャンからテモテが,異邦人クリスチャンの中からテトスが選ばれたのである.
テモテへの手紙第一とテトスへの手紙には,長老についての指示が繰り返されているが,教会に長老が立てられるようになったのはずっと以前のことであり(使14:23),今ここで特に知らせなければならないことではないと思われる.
むしろ,教会の本質について教えようとしたのであろう.
テモテは割礼を受けていた.
一方テトスは割礼のないままで牧会者となり,パウロの委託を受けている.
パウロはこれらの手紙を通して,ユダヤ人キリスト教会と異邦人教会が,ただ霊的に同じであるのみならず,組織的にも同一の教会であり,両者共に,同一の規範で長老を選んでいることを明らかにしようとしたのかもしれない.
1.受取人テトス.
2.内容の要約.
3.牧会書簡の問題.
1.受取人テトス.
彼はパウロから「信仰による真実のわが子」と呼ばれている(1:4)ことから,パウロの導きによって入信したのではないかと思われる.
テトスが最初に登場するのは,使15:2のエルサレム会議においてである.
そこにはテトスの名は直接出てこないが,ガラ2:1‐3と合せて考えると,テトスがパウロと同行していたことが分る.
ユダヤ主義者たちは,クリスチャンになった異邦人たちも割礼を受けるように主張したが,結局はテトスたちが割礼を強制されるところまではいかなかった.
それは,パウロの主張が強く,彼が一時も妥協しなかったからである(ガラ2:3,5).
この時パウロは,異邦人の回心が真正であることの証明としてテトスをエルサレムに連れていったと思われる.
コリント人への手紙第二にはテトスの名は9回出てくる(ギリシヤ語本文で).
テトスは,混乱の中にあったコリントの教会へパウロによって送り出された.
その時彼は,パウロから託された手紙を持っていった(Ⅱコリ2:3,7:7‐8).
コリントの教会の状況についてパウロは非常に心配しており,トロアスでテトスに会ってコリントの状況を聞くつもりであったが,彼に会うことができなかったため,マケドニヤに向かった(Ⅱコリ2:12‐13).
そこで彼はテトスに会い,テトスからコリントの教会についてよい報告を受け,力づけられたのであった(Ⅱコリ7:5‐7).
パウロはコリントの教会に向けて,もう一つの手紙(コリント人への手紙第二)を書き,再びテトスに託した(Ⅱコリ8:16‐18).
手紙には,献金について,エルサレム教会へのささげ物を募ることと,その使途についての責任をとることが勧められている.
以上,コリント人への手紙第二に表れているテトスは,パウロの助け手として大きな役目を担っていたことが分る.
テトスへの手紙によると,その後テトスはパウロに同行してクレテ島の伝道に携わり,同地の教会の指導,訓練のために任命された(テト1:5).
パウロは手紙の最後で彼をニコポリに呼んでいるが(テト3:12),ニコポリでの合流が実現できたかどうかは明らかでない.
後の第2回のパウロ投獄の時も,テトスは獄中のパウロと連絡をとり続け,パウロの命に従い,ダルマテヤに遣わされている(Ⅱテモ4:10).
ダルマテヤの教会は,ほかの所には出ていないので,あるいは,テトスはこの時開拓伝道のために遣わされたのかもしれない.
2.内容の要約.
(1)パウロのあいさつ(1:1‐4)
(2)長老の資格(1:5‐9)
(3)クレテの偽教師たち(1:10‐16)
(4)クリスチャンの行動(2:1‐10)
(5)キリスト教の教え(2:11‐3:7)
(6)結語(3:8‐15)
3.牧会書簡の問題.
3つの手紙には共通した問題がいくつかある.
(1)使徒の働きとの関係.
パウロの他の手紙は,すべて使徒の働きのどこかの部分に当てはまるのであるが,これら3つの手紙は,当てはまるところがない.
そこで,使28章のローマにおける軟禁がパウロの最後ではなく,その後自由が与えられ,伝道生活を再開できたことが推定される.
パウロの殉教はネロ帝の時であったとエウセビオスや「クレメンスの手紙第1」が伝えているが,おそらく67年頃であったと推定される.
最初のローマでの獄中生活を紀元62―64年と見て,その後3年間の伝道生活を仮定すると,牧会書簡はそこに入れることができる.
(2)著者問題.
牧会書簡がパウロの作であることは,それぞれの手紙の冒頭に記されており,古代から真正のパウロによる手紙として教会に受け入れられてきた.
またポリュカルポス以後,権威あるものとして広く引用されてきた.
ローマのクレメンスやイグナティオスにもこれらの手紙の影響が認められる.
ところが近代になって,真正性に対する攻撃が起ってきた.
F・C・バウル,H・J・ホルツマン,M・ディベリウスなどが代表的である.
パウロ著作に対する疑義は次の4点である.
いずれも決定的なものではないが,4つが同時に考慮されると,説得力が出てくる.
a.使徒の働きとの関係.
使28章以後に釈放され,第2回獄中生活を送ったとする仮定は不自然である.
パウロの投獄は一度だけであり,使28章の投獄において彼は殉教した.
したがって,その後の伝道とされるものも,またこれら3つの手紙も,後代の作である.
b.教会の状況の問題.
紀元60年代の教会にしては教会の役職や組織が整いすぎている.
教会の組織の整備と発達はこの後のことであり,これらの手紙は2世紀の教会の様子を反映している.
またグノーシス主義に対する攻撃が見られるが(Ⅰテモ6:20‐21),グノーシス主義は2世紀のものであり,ここからも,これらが後代のものであることを示していると言える.
c.神学的問題.
「健全な教え」(Ⅰテモ1:10,Ⅱテモ4:3,テト1:9,2:1)ということばが使われており,教理の固定化がうかがえる.
このように信仰生活の活力が失われかけたのは,2世紀以後のことである.
パウロの主張である,「霊に生き,肉に死に」というテーマが不在であるし,よみがえりが肉体のこととしてとらえられている.
信仰が他の徳と並んでリストに出てくるところなど,パウロの神学とは異なっている.
d.用語の問題.
他のパウロの手紙群には見られない単語が多くある.
このような特異語は,どの手紙にも見られるが,特にこれら3つの手紙では5割ほど多い.
これは,書き手が違うということを物語っている.
以上の4点は批判者の議論であるが,3通の手紙が全くの偽作である,と主張する者はいない.
すなわち,パウロのことばの断片が口伝その他の形で残っており,それを中核として後代の著者がつけ加えて,現在の形となった,と言うのである.
これら後代説に対して,どのような答が可能であろうか.
a.使徒の働きとの関係.
使28章がパウロの生涯の終りである,とする主張には証拠は存在しない.
かえって,28章の末尾は,未完結の印象を与えている.
ルカの福音書も,やはりきちんとした末尾を持っていない.
そこに使徒の働きが続くので,ルカの未完結性が自然なものとなっているのである.
同じようにして,ルカが第3の記録を計画していたのではないかと思われる.
ともかく,ルカの冒頭の序言のものものしさ,あの独特な文体の響きを覚えているなら,彼はやはり,この序言に呼応する調子で最後を締めくくるだろうと考えるのが自然である.
ところが,ルカの末尾同様,使徒の働きの末尾も,あっさりと終っているのである.
したがって使徒の働きの終りがパウロの伝道生活の最後である,と決めてかかる方がむしろ不自然であり,独断的であると言えるし,また,その後の活動を仮定することは全く差し支えないと言える.
b.教会の状況.
新約聖書の教会の制度,組織については,当時シナゴーグの運営の制度というものがあり,それらを引き継ぎ,または下敷として,教会の組織が成立していったと思われる.
牧会書簡に見られる程度の制度,組織であるなら,それが1世紀に行われたとしても問題はない.
反グノーシス的なことばについては,グノーシス的な傾向はすでにこれよりずっと以前から存在しているのであり,「霊知」を警戒せよと言っているからといって,ただちにそれが2世紀以後の発達したグノーシス「主義」そのものに対する攻撃である,と断定するのは,いかにも無理がある.
c.神学的問題.
パウロはローマ人への手紙に見られるように,自分の神学を持っている.
またガラテヤ人への手紙にあるように,弁証的な戦いもあった.
したがって,神学体系を持つことや,それを守るように命じることが非パウロ的であるとは言えない.
また,これら3つの手紙の神学は,他の手紙群の神学とかけはなれてはいない.
ガラ5:22の聖霊の果実のリストには,ほかのものと並んで「信仰」が入っている(新改訳では「誠実」).
確かに強調の違いはあり得るが,同一人物なら,常に同じことを強調しなければならないということもないのであって,取り上げる主題が違えば,強調が変るのも自然であろう.
また肉体のよみがえりはパウロの神学においては重要な意味を持ち,ここでそれが強調されていても,別に違和感はないはずである.
d.用語の問題.
これは一番重量感のある問題である.
しかし一般に著述家が,ある文書に特に変った傾向を示し,用語も変ったものを生み出すということは,ないわけではない.
またパウロの時代,書記に書かせることは広く行われていた.
Ⅰコリ16:21,コロ4:18,Ⅱテサ3:17でパウロは,署名と最後のあいさつは自筆である,とことわっている.
ロマ16:22には書記の名が出ている.
ピレモンへの手紙では,これは全部自筆である,とわざわざことわっている.
ガラ6:11では自分が目を患っているのでこんなに大きな字で書いている,と言っている.
こうして見ると,ことばの問題は書記の違いであるのかもしれないし,主題の違いによるのかもしれない.
ことばの問題は,なお,一番困難な問題であるが,やはり,パウロ著作性を完全に否定する力は持っていない.
一つ重要なことは,前にも述べたが,3つの手紙を完全な偽作とする者はいないということである.
やはりだれもが否定することのできない,パウロ的なものがこの中に存在するのである.
さて,新約外典をこれら3つの手紙とギリシヤ語で読み比べると,その違いに驚く.
一方は古代教父の最高の作品とされている文書で,他方は批評家たちの疑いの目が集中しているものである.
しかし,前者は後者と比べると,たちまちその輝きを失ってしまう.
読む者を霊的に圧倒する力が違うのである.
一読する時,強烈に感じることである.
代々のキリスト教会がしてきたように,私たちはこれらがパウロによって書かれたものであると主張する.
パウロ著作性に関して,決定的な困難は存在していない.
〔参考文献〕中沢啓介「テトスへの手紙」(『新聖書注解』新約3)いのちのことば社,1972; ヘンリー・シーセン『新約聖書緒論』聖書図書刊行会,1954; H・ロルストン『テサロニケ・テモテ・テトス・ピレモン』(聖書講解全書23)日本基督教団出版部,1966;Guthrie, D., The Pastoral Epistles (Tyndale New Testament Commentaries) The International Standard BibleEncyclopaedia, Eerdmans; The New BibleDictionary, IVF, Tyndale, 1962.
(後藤牧人)