■とく 徳 〈ギ〉アレテーは,
新約ではピリ4:8,Ⅱペテ1:3,5にのみ用いられる.
このように使用回数が少ないのは興味深い.
旧約聖書のギリシヤ語訳では,アレテーは「賛美」に当る〈ヘ〉ホードゥまたは〈ヘ〉テヒッラーの訳として用いられている.
旧約にはギリシヤ語のアレテーがぴったり当てはまる箇所がないと言える.
聖なる神の御前で道徳的な責任を自覚させられる世界には,ギリシヤ的徳の概念を正面きって掲げる余地がないからである.
ピリ4:8において,パウロはこの語を「すべて真実なこと……」と並列に用いており,そこにはギリシヤ語の用法にある「名声」という概念はない.
これは,人が神の前で,生死いずれにおいても維持すべき態度という意味である.
Ⅱペテ1:5についても同様である.
「信仰」も「徳」もギリシヤ的な世俗の徳としてではなく,キリスト教的宗教的意味で用いられている.
また,〈ギ〉オイコドメー,オイコドメオーが「徳」「徳を建てる」などと訳されている(ロマ15:2,Ⅰコリ8:1,10:23,14:3‐4等).