みんすうき 民数記

民数記〔04〕

■みんすうき 民数記 

聖書の第4書.

ユダヤ人はこの書の名として〈ヘ〉ワイェダッベール(「そして言った」という意味)か〈ヘ〉ベミドゥバル(「荒野にて」という意味)のいずれかを用いてきた.

前者はこの書の初めのことばであり,後者は初めから4番目のことばである.

後者が名として用いられるようになったのは,これがこの書の内容にふさわしい表現だったからであろう.

日本語の「民数記」という名は,70人訳の〈ギ〉アリスモイ(「数」という意味)を背景とした名である.

1‐4章と26章にある人口調査の数字からきている名であることは確かである.

しかし数字がこの書全体で占める割合はごく限られたものである.

したがって,書名としては必ずしも妥当とは言えない.

1.五書の他の部分との関係.

2.民数記の内容.

3.民数記の著者問題.

4.民数記と新約聖書.

5.人口調査の数字.

 

1.五書の他の部分との関係.

民1:1の「人々がエジプトの国を出て2年目」という表現は,この書の内容が出エジプト記の記述を継承していることを示している.

同じ節の「主はシナイの荒野の会見の天幕で」は,レビ1:1との明らかなつながりを示している.

さらにその内容から言えば,この書は創世記における族長アブラハムの,神との契約の記述の継続であり,発展なのである.

創世記で神がアブラハムに与えられた約束は特に,子孫が祝福されることと土地が与えられることであった(創12:2‐3).

そしてそれは,地上のすべての国民のためという大目的によるものであった(創12:3).

アブラハムの子孫は出エジプト記に記されているように,イスラエルの民として形成される.

アブラハムへの約束はそのイスラエルによって継承され,具体化されるのである.イスラエルは,全世界のためという神の御計画の中で導かれる.

しかし出エジプト記の冒頭に見られるイスラエルの現実は,エジプトにおける奴隷の苦しみに耐えている存在でしかなかった.

このイスラエルの救いこそ,全世界のための神のみわざが何であるかを示すものであり,またそのための型であった.

またイスラエルが全世界のための「祭司の王国」(出19:6)として機能するための出発点だったのである.

しかしイスラエル自身はまだ約束の地にはいない.

レビ記では,その時も,また約束の地に導かれてからも守るべき偉大な民としての歩みの条件が記されている.

つまり「祭司の王国」「聖なる国民」であることが何を意味しているのか,イスラエルは具体的にどのように生き,どのように歩まなければならないかを示しているのである.

そしてこの民数記では,アブラハムへの約束のもう一つの面である土地の取得への過程を土台にした神のみわざが進展する.

約束の地カナンが今現実にイスラエルのものとされようとしている.

事実民数記が決してそれ自体での完結を意図した書でないことは五書全体の構造上のつながりからも知ることができる.

たとえば「イスラエルの全会衆は……を旅立って」という表現が出エジプト記に7回(12:37,13:20,14:2,15:22,16:1,17:1,19:2),民数記に5回(10:12,20:1,20:22,21:10,22:1),合計12回出てくる.

これは両者の直接のつながりを示す,ある枠組みの存在を示すものと見てよいだろう.

創世記の〈ヘ〉トーレドース「これは……の歴史である」とは性格を異にしていても,構造の上では似た役割を担っているのではないか.

2.民数記の内容.

民数記自体が明らかにしているところでは,その記述は出エジプト後2年目から40年目に及ぶ38年の期間のことについてである.

セガールのように,その内容を五書全体の流れから大きく次のように分けることもできる.

1. 1‐19章 出エジプト世代の物語の続き.

シナイからカナンの方向へ.相続の地を拒むことの結末.

2. 20‐34章 出エジプト世代の終局.

約束の地を征服し所有するための新しい世代の始まり.

民数記そのものに焦点を当てて考える場合,地理的,年代的な展開が一応の区分の目安となる.

常識的には次のように分解される.

(1)シナイ出発の準備(1:1‐10:10)

(2)シナイからカデシュへ(10:11‐12:16)

(3)カデシュでの38年間(13:1‐19:22)

(4)カデシュからモアブの野へ(20:1‐22:1)

(5)モアブの野での出来事(22:2‐36:13)

シナイ出発の準備は20日間のことについてであり,カデシュからモアブまでの旅は6か月間のことである.

しかしカデシュでのことについては,そこにとどまっていた38年にわたる長い期間のことである.

その間の全体のことについては,あまりはっきりしない.

N・H・リダボスは,カデシュを中心としてその周辺に広がっていたと考える.

この書の内容は全体としては非常に多様な素材が混合されているように見える.

そこに計画性や統一性を認めることは困難なように思われる.

しかし人口調査の記事,祭儀についての規定,一般の律法,説話などは,神のイスラエルのためのみわざの流れの中ではっきり位置づけられている.

たとえば聖なるものと汚れたものの区別が全体の構成を支配する枠組みの一つとなっていることなど,確かに見落してはならない事実であろう.

そこにあるのは単に外面的な出来事の記録ではない.

出来事を通してのメッセージ,またメッセージとしての出来事とさえ言える.

民数記が荒野をさまようイスラエルの経験についての記述であることは事実である.

しかしこの書はただそれらの経験のうち際立った出来事を記録するといった性質のものではない.

中心はあくまでもイスラエルを導かれる神のみわざであり,その真実なのである.

神はあらゆる困難,また危険の中から彼らを救い,守ることができる方である.

彼らの不信や不従順をも赦し導かれる方である.

しかしそれはあくまでも契約のかかわりのゆえなのである.

契約違反がそのままにされることはない.

彼らの危機は自らの不従順によってもたらされる.

それは敵による危機であると言うより自分たちの中の危機であった.

イスラエルはただ安全に約束の地に入ればよいのではなかった.

荒野の歩みの意味は彼らが従順を学び,聖潔にあずかることにあったのである.

この点から考えると,カデシュの地での民の不従順とその結果についての記事(13‐14章)は民数記のクライマックスであると言える.

しかし言うまでもなく,すべては約束の地にイスラエルを導き入れるための神の御計画の実現への過程として描かれている.

民数記の記者がこの視点から素材を選んでいるわけである.

あるいは少なくとも記者の意図の中にこの書の記述について明白な計画性を持っていたことは確かと思われる.

しかし事実としてこの書の中では,歴史の記述のような形と律法とが混合しているような場合が少なくない.

それらの関連をはっきりさせることは必ずしも容易ではない.

歴史と律法の関係も,一つの律法と他の律法の関係もいつも明確とは言えない.

記者はこの点について律法が具体的な出来事と遊離した原理原則ではないことを独特な方法で明らかにしようとしている.

ここでの表現の構造は律法がいきいきとした現実の信仰の歩みの中でとらえられ守られていかなければならないことを強調する方法が用いられた結果であると見るべきであろう.

3.民数記の著者問題.

レビ記各章の初めに「主はモーセに告げて仰せられた」という表現が,いくつかの例を除いて繰り返されている.

この同じ表現がこの書でも頻繁に繰り返される.

レビ記の場合と同じように,このことは,そこに示されていることが神の啓示であることを示そうとする記者の意図を表している.

そしてこの表現によって記者はここで述べられていることがモーセを通して与えられたものであり,したがってモーセ起源のものであると主張していることになる.

具体的にこのことは民数記の各部分について言えるのであろうか.

たとえば12:3の「モーセという人は,地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」としている部分などは,後に手が加えられたしるしかもしれない.

事実R・K・ハリソンはヨシュアかサムエルによるとしている.

しかしE・J・ヤングは12:4以下は3節を前提にしているのであって,12:3を本来のものでないとすることはできないと言う.

いずれにせよ伝統的にはモーセの著作性が受け入れられてきた.

しかし実際にはモーセの文筆活動そのものへの言及は33:2にしかない.

この点でこの書が出エジプト記と大きく異なっていることは事実である.

しかし五書の他の書との構造上のつながりからは,出エジプト記について言えることはこの書にも原則的に当てはまることを示していると言えよう.

また内的にもこの書の内容が,言われている通りの荒野での天幕生活を前提としていること(1‐4章,10:1‐9,10:35‐36,19:3,7,9,14等)によって,記述の行為と内容が同時代であることを示している.

記者がエジプトの生活や習慣を知っていることなどが,実質的なモーセ起源の論拠として用いられる.

一方,文書資料説は五書全体をいわゆるイスラエル宗教の歴史的発展の仮説に当てはめて説明するが,民数記は比較的初期のJ,E両資料と,ずっと後代のP系の資料の複合であるとする.

その最終的な成立は前5世紀,つまりモーセの時代より1000年近くも後のことであると言うのである.

具体的に問題にされているよい例は13‐14章である.

この部分は典型的な重複記事で,背後にあった2つの別々の物語は多くの矛盾を含んでおり,その形跡が現在の13‐14章に見られるとされる.

13:22(JE)では偵察隊はネゲブの地を探ったとあるのに,同じ13:21(P)では「ハマテの入口まで」となる(新改訳では別訳とされている).

これはカナン全土を意味していることになる.

13:30(JE)ではカレブだけが偵察隊のよくない報告に抗議しているのに,14:6(P)ではヨシュアとカレブとなっている.

こうしたことに代表される多くの事例は,特定の箇所だけ取り出してそのように言われると,あるいはそうかもしれないと思わせる要素を持っている.

しかし結局は特定の仮説の枠を用いてテキストを改編してしまおうという試みであることは事実であろう.

事実,エジプトとシナイ半島のそれぞれ一部しか知らなかったイスラエルの人たちが,後の人たちにとっては特定の地域名になっているネゲブという表現で漠然とカナン全土を意味したとしても別におかしくはない.

またカレブの方が,モーセに近かったヨシュアよりも人々に受け入れられやすかったという背景も十分考えられる.

民13‐14章についてはむしろ両者を通じて対照的な性格が計画的に意図されていることに注目すべきであろう.

13章では偵察に行った者たちの悲観的な反応に焦点が合されているのに対し,14章では全会衆の態度が問題にされている.

10人の報告の敗北主義に対してカレブの報告は全く逆である.

土地の果物は大きかった,しかしその地に住む者たちはまさに巨大であった.

神は民の滅びを警告され,モーセはとりなす.

民はつぶやき,神はいつまでつぶやくかを問われる.

カレブとヨシュアはカナンに入り,他の仲間は入れない等々である.

21:14の「主の戦いの書」は,民数記が自ら示す資料として注目されるが,これを後代の挿入としなければならない十分な理由はないと思われる.

その内的関連に見られる計画性は事実としても,時に際立つ記述の断片的性格は創世記以下の他の書の整った形と対照される.

ハリソンはそのこと自体,荒野の歩みの中で書かれたという背景を反映するものであり得ると考えている.

民数記が古い起源の書であることのしるしかもしれないと彼は言う.

民数記がそのほとんどをモーセとその時代に負うことは事実としては否定できないと思われる.

その後にいくらか書き直しや,補正などが行われたことも事実である.

しかし最終的にできあがったのがいつであるか,正確に分らないことは言うまでもない.

しかしサムエル以後のものは含まれていないというのが現在では妥当な判断であろう.

4.民数記と新約聖書.

パウロは荒野でイスラエルが経験した出来事について,「これらのことが彼らに起こったのは,戒めのためであり,それが書かれたのは,世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです」(Ⅰコリ10:11)と言っている.

Ⅰコリ10:1‐10においてパウロは不思議なほどにこの荒野の経験とコリントの信徒たちの状態を重ね合せている.

「モーセにつくバプテスマ,御霊の食べ物,飲み物,御霊の岩,キリストである岩」等の表現を通して,新約の真理の予表をイスラエルへの神の取扱いの中に見ている.

ヘブル人への手紙では不従順によって約束の地に入ることを阻まれたことを,キリスト者が天国の安息に入れなくなる罪の恐怖と重ね合せている(ヘブ3:7‐4:13).

短いユダの手紙も,コラの反抗,バラムの失敗を用いて教会を囲んでいる危険について警告している.

福音書では特にヨハネに民数記の記事への言及が多い.

その中心はキリストの十字架の型としての,あげられた蛇(民21:8‐9,ヨハ3:14‐15)であろう.

民数記と新約聖書との関係は当然のことながら旧約聖書と新約聖書,旧約,新約を通じての神の贖いのみわざの歴史の中で理解されなければならない.

しかし民数記は特に奴隷の家から解放されてから約束の地に入ろうとするまでの神の民の歩みの基本線を示している.

これが新約とのつながりにおいて啓示の一つの軸とされていることも見落してはならない.

5.人口調査の数字.

人口調査の結果として1:46にあげられている数字は,聖書の記事が信頼性に欠けるという例としてしばしば取り上げられる.

聖書学者の間でもこの60万という数字を理解するために多様な努力が繰り返されてきた.

当時のイスラエルの人たちの総数としてはあまりにも大きいと思われるだけでなく,今日考古学的に知られているカナンの当時の状況に合せて考えても,あり得る範囲をはるかに越えていると言う.

当時のカナンの全人口は300万よりはずっと少なかったことは確かと言われることがその理由の一つである.

五書の記事そのものが伝えているところでも,イスラエル人には,自分たちの数はそこに住む者たちよりはるかに少数だという意識があり,また相手への恐怖感があった(出23:29,民13‐14章,申7:7,申7:17‐22)こともその理由とされる.

このことから60万という数字を縮小する形での試みが重ねられてきた.

たとえば一般に1000と訳されてきた〈ヘ〉エレフが実際には数字ではなく,家族だとする説,新約の千人隊長のように指揮者を意味する説などがあり,結果的には60万を数千ないし2,3万に圧縮することとなっている.

これらは興味深い可能性を示しているように見えながら,結局どれも十分な解決にならないままである.

それで数字をそのまま数字として受け取るのでもなく,違った読み方をするのでもなく,イスラエルの勢力の強さを相対的に表す象徴的な数字とする考えもある.

一方,イスラエルがカナンの地を征服してこれを長期にわたって維持するためには妥当な数字だという反論もある.

現状ではこの数字を別の方法で理解するだけの十分な理由がない.

〔参考文献〕田辺滋「民数記」(『新聖書注解』旧約1)いのちのことば社,1976;C・F・ファイファー『聖書地理』聖書図書刊行会,1976;Archer, G. L., A Survey of Old TestamentIntroduction, Moody, 1973; Hamilton, V. P.,Handbook on the Pentateuch, Baker, 1982;Wenham, G. J., Numbers (Tyndale OldTestament Commentaries), IVP, 1981.

(舟喜 信)